J-KISS型新株予約権とは
J-KISS型新株予約権(Japanese Keep It Simple Security)は、スタートアップ企業の資金調達手法の一つであり、次回資金調達ラウンドの株式へ転換される権利が付された新株予約権(有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティ)です。米国で広く利用されている「KISS(Keep It Simple Security)」をモデルとして、日本の法制度やスタートアップ環境に合わせて整備されたものとなります。
この仕組みの特徴は、投資時点では株式を発行せず(資本金も増加しない。)、一定の転換イベント(次回の資金調達(※ただし、一定の金額以上の資金調達)やM&A等)が発生した場合に株式へ転換される点にあります。投資家は資金を払い込む代わりに新株予約権を取得し、会社はその払込みによって資金調達を行います。
J-KISSの大きな利点は、シード期やアーリー期のスタートアップにおいて問題となる企業価値評価(バリュエーション)を直ちに確定させる必要がない点にあります(ただし、後述の「キャップ」との関係でバリュエーションの繰延べにも限界があります。)。将来の資金調達時に株式へ転換されるため、現時点での企業価値算定を先送りでき、迅速かつ柔軟な資金調達が可能となります。
また、投資条件として、次回資金調達時の株価よりも有利な価格で株式を取得できるようにする「割引率(ディスカウント)」や、企業価値の上限を定める「評価上限額(バリュエーション・キャップ)」が設定されることが多いです。これにより、早期投資家の利益を保護しつつ、企業と投資家双方の利害調整を図ることができます。
このように、J-KISS型新株予約権は、企業価値の評価が難しい創業初期の企業において、契約の簡素化と資金調達の迅速化を図ることができるコンバーティブル・エクイティ型の資金調達手法として、スタートアップ実務において広く利用されております。
J-KISS型新株予約権発行の法務手続きの流れ
J-KISS型新株予約権発行の一般的な法務手続き(取締役会非設置会社の場合・申込み+割当て方式)の流れは次のとおりです。
株主総会をリアル開催する場合、株主総会の招集について、取締役の過半数をもって決定します(会社法298条1項)。
会社法第319条第1項にもとづく株主総会の書面決議を行う場合であっても、上記と同様であり、取締役が取締役会の決議等を経ずに提案した場合は、決議取消事由になると解されるとの見解もあります(江頭憲治郎『株式会社法[第8版]』p374)。
新株予約権の募集事項の決定(会社法238条1項)および募集新株予約権の割当ての決定(会社法243条1項)は、原則として、株主総会の特別決議によることを要します。
J-KISS型新株予約権の発行においては、会社法238条1項1号(新株予約権の内容は、会社法236条1項参照)・3号・4号・5号について定めることとなります。
なお、「申込み+割当て方式」ではなく、「総数引受契約方式」を採用する場合、募集新株予約権の目的である株式の全部または、募集新株予約権が譲渡制限新株予約権であるときには、株主総会の決議によって、総数引受契約の承認を受ける必要があります(会社法244条3項)。
株主総会決議日について、割当日(=払込期日)と同日とする場合は、「申込み+割当て方式」を選択することができませんので注意が必要です(※会社法243条3項において、割当日の前日までに、申込者に対し、割り当てる新株予約権の数を通知する必要があるものと規定されているため。)。
また、種類株式発行会社にあっては、募集新株予約権の目的である株式の種類の全部または一部が譲渡制限株式であるときは、定款に別段の定めがある場合を除き、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の特別決議がなければ、その効力は生じません。

「募集事項の決定機関と割当先等の決定機関が同一である場合には、同一の株主総会又は取締役会の機会で、これらを決議することができます。この場合には、割当先等の決定を、その者から株式の申込みがされることを条件として行うこととなる。」(商業登記ハンドブック第5版p285)とされ、「申込みを条件とする旨」の記載を入れたほうが無難でしょう。オープンソースとして無償公開されている「J-KISS Package v2.01」の議事録においても、その旨の記述がなされております。
会社は、募集新株予約権の引受けの申込みをしようとする者に対し、募集事項その他の事項を通知する必要があります(会社法242条1項、会社法施行規則54条)。
募集新株予約権の引受けの申込みをする者は、会社に対して、「申込みをする者の氏名又は名称及び住所」「引き受けようとする募集新株予約権の数」を記載した書面を会社に交付する必要があります(会社法242条2項)。なお、会社の承諾を得た場合は、電磁的方法により提供することが出来ます(会社法242条3項)。
割当日の前日までに、J-KISS型新株予約権投資契約を締結します。「申込み+割当て方式」の場合、割当日の前日までに契約する必要があります(会社法243条3項)。
募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要することとした場合には、払込金額の全額を払込期日までに払い込まなければなりません(会社法246条1項)。なお、払込期日までに払込金額の全額の払込みをしないときは、募集新株予約権を行使することができません(会社法246条3項)。
新株予約権の割当てを受けた申込者は、割当日に当該募集新株予約権の新株予約権者となります(会社法245条1項)。登記の添付書面として、「払込期日=割当日」の場合は、「払込みがあったことを証する書面」の添付は不要となります(商業登記法65条2号)。
会社は、割当日以降遅滞なく、新株予約権原簿を作成し、一定の事項を記載しなくてはなりません(会社法249条)。J-KISS型新株予約権投資契約書の雛形には、「払込みの後速やかに、本会社の新株予約権原簿に引受新株予約権の発行に係る事項を記録又は記載した上、本投資家に対して、会社法第250条第1項に定める新株予約権原簿記載事項証明書を交付するものとする。」とされています。
新株予約権発行後、2週間以内に本店所在地において、変更の登記をしなくてはなりません(会社法915条1項、911条3項12号)。なお、「払込期日から30営業日以内に、当該引受新株予約権の発行が反映された本会社の現在事項全部証明書を、本投資家に交付するものとする。」とされています。
その他登記実務上の留意点
総数引受契約を締結する場合の注意点
総数引受契約を締結する場合は、募集事項の通知・申込み・割当ての手続を省略できることができます(会社法244条1項)。「総数引受契約方式」を採用する場合、募集新株予約権の目的である株式の全部または、募集新株予約権が譲渡制限新株予約権であるときには、株主総会の決議によって、総数引受契約の承認を受ける必要があります(会社法244条3項)。
ところで、「総数引受契約方式」とは、特定人が会社との契約によって、募集に係る新株予約権の総数を包括的に引き受ける方式を指します。総数引受契約は、契約書が1通である必要はないが、実質的に「同一の機会に一体的な契約」で募集新株予約権の総数の引受けがなされたものと評価しうるものであることを要するとされています(論点解説・新会社法千問の道標p208)。総数引受契約方式を採用する場合には、J-KISS型新株予約権投資契約書とは別個に総数引受契約書を作成するか、J-KISS型新株予約権投資契約書を加筆し、総数引受契約書と兼ねる設計にする必要があります。
新株予約権申込証原本の代替書面
新株予約権申込証の枚数が多い場合、新株予約権申込証を各別に提出することに代えて、次の書面に代えることが可能です(平14・8・28民商2037号通知)。
■代替書面:「発行会社の代表者が作成した新株予約権の申込みがあったことを証する書面」に、「新株予約権申込証のひな形」および「申込者の一覧表」を合綴したもの。
※なお、「発行会社の代表者が作成した新株予約権の申込みがあったことを証する書面」には、申込証の枚数、申込みがあった新株予約権の個数、各新株予約権の発行に際して払い込むべき価額(無償で発行する場合を除く。)および申込取扱期間を記載する必要があるものとされています。
また、上記通知においては、代表者の届出印による押印および契印が必要とされていましたが、令3・1・29民商10号通達によって、登記手続き上は、押印不要となっております。
総数引受契約書原本の代替書面
上記、「申込み+割当て方式」の場合と同様に、「総数引受契約方式」の場合においても下記の書面に代替することが可能です(令4・3・28民商122号通知)。
■代替書面:「発行会社の代表者が作成した総数引受契約があったことを証する書面」に、「総数引受契約書のひな形」および「引受者の一覧表」を合綴したもの。
※なお、「発行会社の代表者が作成した総数引受契約があったことを証する書面」には、総数引受契約書の枚数、引受けがあった募集新株予約権の数、募集新株予約権の払込金額(無償で発行する場合を除く。)および割当日を記載する必要があります。
また、代表者の届出印による押印および契印について、登記手続き上は、不要です。
同一内容の新株予約権だが、割当日が異なる場合
同一の機会に資金調達を行う予定であったものの、一部の投資家について諸般の事情により払込期日(=割当日)を延期した場合には、割当日が異なることから、結果として2種類の新株予約権が発行されることとなります。この場合の新株予約権の名称について、第1回(あ)、第1回(い)と付す場合もあれば、第1回、第2回とすることも考えられますが、新株予約権の行使の際に混同しない名称が推奨されます。
司法書士が提供できるサポート範囲
J-KISS型新株予約権発行については、ひな型はオープンソース化されているものの、複雑な契約内容のため、専門家の支援が成功の鍵となります。
司法書士は会社法・商業登記のプロフェッショナルとして、以下のような実務サポートが可能です。
J-KISS型新株予約権発行手続きのスケジュール策定
J-KISS型新株予約権発行手続き全体の見通しを説明し、株主総会や取締役会等の手続きから登記完了までのスケジュール作成を支援します。
J-KISS型新株予約権発行に係る書類の作成・チェック
株主総会招集通知や議事録、新株予約権発行関係書類、登記申請書など必要書類一式を代行作成します。法定記載事項を正確に押さえた文案で、手続きミスを防ぎます。また会社様で自作した書類のリーガルチェックも可能です。
法務局への登記申請代理
J-KISS型新株予約権発行に伴う登記申請手続きを司法書士が代理し、法務局とやり取りいたします。J-KISS型新株予約権においては、特に地方の法務局において、密な折衝が必要となる場合がございます。これらの登記実務を一括して代行することで、スタートアップ企業様の事務負担を軽減し、企業様は本来の事業活動に集中することが可能となります。



司法書士法人川岸事務所では、これまでの豊富な実務経験を生かし、J-KISS型新株予約権の発行およびその行使に関する手続きを、正確かつスムーズに進めるためのサポートを行っております。複雑になりがちな実務上のポイントについても丁寧に対応いたしますので、初めて資金調達を行う企業様でも安心してお任せいただけます。どうぞお気軽にご相談ください。

